二宮尊徳が幼少期において痺れたもの/致知出版社社長・藤尾秀昭氏によるご講演「先哲に学ぶ、二宮尊徳」より

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加藤滋樹です。

先般の『二宮翁夜話』の感想に続きまして、本日、致知出版社・社長の藤尾秀昭様によるご講演において、二宮尊徳についてより深く学び、気づきを得るきっかけを得ました。

小生の過去を振り返りつつ、随想を書きましたので、ご高覧をいただけますと幸いです。

冒頭、「人間は本物に出会わなければ本物にはなれない」「人間は何に痺れるかだ。何に痺れるかによって、その人は決まる」という発言がありました。

二宮尊徳の幼少期において痺れたもの、それは『大学』でした。
その後も公明なお殿様との出会いなど、素晴らしい出会いを体験しておられました。
一方で出会いという点では、不幸なことではあるが、お父様やお母様を若くして亡くされたことも、尊徳にとっては成長のための得難い体験であったものと推察しました。

小生にとっての出会いとは何だろうか、思い出されるのは、2005年から2008年にかけて、商工会議所勤務時代にお世話になった上司との出会いでした。
(残念ながらもう5年ほど前に亡くなられてしまいました)

現場と実践を重んじておられ、行動と背中、そしてお酒の席で、リーダーの心構え、リーダーになりたい人の心構えを教えていただいた。

それは、今思い返すと三つある。
 
一つ目、何よりも、第一次に当たるということ。引き継ぎは鵜呑みにしない、アテにしない。法律、条例、原書、出典、そして何より現場に当たるということ。
 
二つ目、人の休んでいる時こそ仕事をすること。部下よりも常に先をいくということ。今のようにクラウドやチャットワークでの情報共有とかも無い時代。休み明けに私を含めた非管理職が出勤すると、机の上に付箋でやるべきことや確認のコメントがたくさん貼ってあったことを懐かしく思い出します。

三つ目、何よりも「自分という人間で勝負する」ということ。お客さんのところに行くときは常に手ぶら、もしくは相手に渡すペーパーを1〜2枚、クリアファイルに入れていくだけ。事前に勉強し、ちゃんと覚えておき、自分自身の言葉で話し、訴えかけるということ。

第一次である現場現物にあたる、休んでいるときこそ仕事をする、自分という人間で勝負するということは、当時は知ることはありませんでしたが、『大学』にある格物致知の教えや、二宮尊徳の精神にも通ずることを有り難く思い返しました。

また、二宮尊徳のお父様が「恐らく読書家であったであろう」という渡部昇一先生の解説も印象に残りました。農家出身の小生の父も、永年小学校の教諭をつとめ、自室には膨大な量の書籍があります。その影響を小生が引き継いでいるからこそ、日々、本に触れることができていると思い返しました。よくよく考えてみると、その他にも小さなころに自然体験をさせてくれたり、大人になっても一緒に富士山に登ったりと、現物に触れることをともにできたことには、感謝しかありません。

推譲の話においては、他譲という点、公に奉仕する、未来に残していくということで、私は何ができるか、ということを反省しながら聞いていました。今、少しだけ言えることは、営業所を設立し、リーダーとなり得る人材に先行投資をしたこと、「少しでも世の中の変革につながる何かが伝わればよいな」と思い、毎週中部経済新聞にエッセイを投稿していることくらいでしょうか。しかし、報徳の気持ちで公に推譲しているか、と問われると、十代ですでに、将来の堤防強化を願って松の苗を植え続けた尊徳の足元にも及びません。

改めて考えてみると、私たちの掲げる「日本でいちばん幸せを感じられる会社をつくる」という志が、まだまだ遠いことを痛感しました。

私は、未来に何を残せるのだろうか。しばしば、大きなことをやりたくなってしまいますが、まずは「積小為大」、会社経営を通じて小生が「ひとかどの人物」に成長していきたい。そして、「人の荒蕪を開くを本意とする」にあったように、一人でも多くの「ひとかどの人物になろう」と思う、熱い志をもった社員やご縁のあった人たちの意欲を高めていきたい。

これこそが、小生の推譲の道であると心に銘じ、引き続き会社経営に臨んで参りたい。

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