名古屋では桜も散り始め、暖かい春の日差しを感じる日々です。

さて、言葉に重みを持たせていくためのコミュニケーションとして、「相手から見た自分がどう思われているか」という視点から考えています。前回は、「自分に関連づけることをぐっと堪える」「聞くことで観察ができる。しかし、語ってしまえば観察をされる」ことを中心に、相手の立場にたった関係構築について述べました。​​今回も同じく、相手から見た自分がどう思われているかということを考えつつ、ただ単に対面を取り繕うのではなく本質的な自己の在り方をどうしていくべきかということを、三つの視点で考えていきます。

一つ目は、「話す量を意識して少し減らす」ということです。聴く時のみならずこちらから話すときには、できる限り簡要に短くします。どうでも良いことや本題と関係の無いことはできるだけ言わないということです。そうすることによって、語る側にとっても聴く側にとっても言葉が研ぎ澄まされ、一言一言の価値が深まっていきます。

二つ目は、「頭の良いふりをすることは大きな損失である」ということです。相手の語っていることについて相当の知識を持っていたとしても、無知を装うくらいがちょうど良いものです。無知を装うことで相手は丁寧に語りかけてくれますので、当然、理解が深まります。理解が深まれば、結果的に自分が知らなかった事実を知ることにもなり、大きな学びの機会にもなります。知ったかぶりをすることは、相互理解の機会を失うのみならず、自分自身の学びを深める機会も失ってしまいます。

三つ目は、「ただの良い人にならず、自己を貫く強さを持つ」ということです。善は、強さがなければ貫くことが極めて難しいものです。ただの良い人では、誰にでもなびいてしまいます。せっかく善の心を持っていたとしても守り抜く強さが無いために、結果的に悪に加担したり、加担することはなくとも見過ごしてしまうことがあります。だからこそ、相手が誰であっても適度な緊張感を持って接してくれるような関係性が必要です。自立したリーダーとして絶対的に不可侵の自己を築き上げていくことは大事なことです。

話す量を意識して減らす、頭の良いふりをしない、ただの良い人にならず自己を貫く強さを持つ。

これらを行うために、一つ一つの物事に自己を揺さぶられず志を維持して自らを築き上げていけるよう、日々の鍛錬と探求を続けたいものです。

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