事実や体験を背景とした発言であるかどうか

加藤滋樹のつぶやき(人づくり×マーケティング)

暖かい日差しと冬の寒さを感じる日々が繰り返しています。まさに三寒四温。季節が春に向かっていることを感じています。

前回の拙稿では、プラグマティズム(実践主義)を続けることが、その人自身の発言や行動に重みを増していくことに繋がっていくことを述べました。また、「言葉を発する人の迫力や重厚感は、真にプラグマティズムを理解し、日々の現場で実践しているかにかかっている」という部分をお読みいただいた方から、有り難い共感の反響をいただきました。

 「あの人の発言は軽い」
「あの人の言葉は影響力が大きい」

この感覚は、どこから生まれてくるのでしょうか。特に最近、私自身の身の振る舞いや、私たちの会社の様子を見ている中で反省と課題意識を感じています。

同じ内容の話をしても、発信する人によって、その言葉の重さや信頼性は大きく異なります。

例えば、担任の先生と校長先生の発言では、言葉の重みが違いますし、同じことを私が言うことと総理大臣が言うことでは重みが当然異なります。また、一般の人が健康について論じても説得力がありませんが、医師が論じる場合は説得力があります。

そう考えてみると、同じ言葉でも、発言者の体験や実績があるか無いかによって、その言葉の重みが違ってくるようです。何かを発言する時に、その発言に関係した経験を持つ人は、経験を持たない人に比べて、言葉に重みが出ます。特にそれが苦労した経験であったり、挫折であったり、大きな壁を乗り越えた経験であったりしたならば、更に説得力を持ちます。

会社の実績を大きく伸ばした経験がある人が、社内の経営課題に解決策を提言したのならば、その実現性は当然大きくなります。結局のところプラグマティズムに帰結するのですが、発言の背景に何かを成し遂げたことや、何かに人一倍努力しそれを継続しているという尊い事実があると、言葉は自ずと重厚感を増してきます。

一方で、インターネットで物事を検索すると、口コミや体験談などが有象無象に出てきます。それらは本当に体験に基づくものなのか、一部だけ切り取ったものなのか、薄い考えや感想から生まれたものではないかなど、しっかりとした体験を背景にした言葉であるかを気をつけたいものです。

今回は発信者の違いによる言葉の重厚感について考えました。次回は、相手への思いやり、責任感、能動性といった、より踏み込んだ視点から発言の説得力を考えていきます。

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